小道具ひとつにも、想い入れがある。


c0202832_3142639.jpg前回のブログで、最後に謎かけしたことの種明しを今回、披露いたします。娘が年明けに北品川で上演したひとり芝居『売り言葉』の舞台は、昼夜の一日二回公演でした。その舞台衣装のコーディネート&着物着付を担当したのが母である私です。その時、ふと秘め事のように、自分だけの愉しみを仕掛けようと心が騒ぎました。よく、ヒッチコックの映画では、彼がストーリーの何処かにほんの一瞬だけ必ず現れたり、彼だけが知る秘密のキーワードを仕掛けるとかいわれていますよね。そんな風に、私も、客席ではすぐにはわからないかもしれないけれど、自分だけの愉しみを着付けに施しました。



c0202832_316255.jpgそれは、昼の部と、夜の部での、帯の帯〆と帯留めです。若き日の智恵子が女学生時代の袴姿から、ピンク色した繻子の帆船の刺繍帯のお太鼓姿で現れるシーン。昼は、赤と水色の帯〆一本でした。夜は、その帯〆は使わず、薄い桃色の細い帯〆に、打ち出の小槌の朱色と螺鈿飾りの帯留めをしています。この帯留めは、私の実母、娘にとっては祖母の形見の品です。花の朝顔に昼顔、夕顔があるように、人間にも、昼の顔と夜の顔があるのじゃないかな?と、言うのが、私の遊び心の発想の源です(笑)。それならば、智恵子の衣装のどこかに、昼のスタイルと夜のスタイルの遊びを仕掛けたくなりました。このことは、本番にだけしたので、当の本人の娘もその場にならないと知らないことでした。
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当日、一日通して芝居を観た方がいたら、もしや気がついたかしら?いえいえ、こればかりは、芝居というよりも、着物に興味がないと分からない部分です。一日通して音響のAP担当してくださったソンブレロ氏でさえも、きっとわからなかったはず(笑)。昼の部で、客席に娘の着付け教室の講師と生徒さんがおいでたので、その方が夜の部も観てくださっていたら、もしや…見抜いてくださったかもしれませんが。

その他にも、この舞台には、娘と私の努力の結晶とでもいうべき、小道具がそこかしこに存在しています。では、何からお話しをしましょうかね。そうそう、ラストシーンが近づくと照明がついて光り輝いた白い壁の上の天井近くには、教会のステンドグラスに見せかけたカッティングシートのカラフルな窓が見えたでしょうか?







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衣装のつづきを致しましょう。帯留めが、私の母の形見とお伝えしましたが、今回の衣装には、この他にも、愛媛の亡き母の形見が見え隠れしています。まず、3幕目に光太郎と結婚した智恵子が緑と茶色の縦縞のお召しで現れます。茜色の半幅帯を〆た普段着の格好です。この時、お召しの下に着ていたのが、着物の総柄のような豪華な長襦袢です。この長襦袢こそが、母の形見。それに水色の縮緬の半襟をしていたのはお気づきでしょうか?そうです。この場面では、1幕、目の覚めるような銘仙の着物との袴姿やお太鼓帯に着ていた、襟元の半襟の白と違い、長襦袢から全て着替えています。
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c0202832_3215691.jpgそれから、故郷に帰省し、阿多々良山にでかける時は、別珍のエンジ色のショールを智恵子は纏います。このベルベット生地のショールこそ、時代が匂う仕掛けのショールで、これも、亡き母の若き日の愛用品です。昭和の初期のものだと想います。このショールを一枚さっと纏うことで、屋内から屋外へ出かける演出が瞬時に表現できたのです。
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c0202832_327198.jpgそれから、次第に貧窮に喘ぐ、智恵子が、妹の前で、食事をするシーンがありますが、卓袱台の代わりに、丸い茶器入れを出してきます。その蓋を開けて、智恵子は布巾でお茶碗や皿や湯飲みを拭いたり、朱塗りの箸でご飯を食べる場面で使われたこの盆手前のような茶器入れが、私の実家の骨董品です。亡き父が愛用してました。衣装にも、小道具にも、今は亡き、私の父と母の形見の品が使うことができたのも、娘を護ってもらえ、舞台に佳き時代の日本の息吹を吹き込んでもらえたはずです。
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それから、女中が光太郎の日記を盗み読みする場面で登場するのが、ゴールドに輝く皮のぶ厚い日記帳がありますが、これは実はアルバムです。中身は黒いページにカバーが施されています。友人のデザイナーの香さんから私が誕生日の時にプレゼントしてもらった品で、芝居のムードを高めるにはもってこいの存在感でもあり、彫刻家で詩人でもある光太郎という新しい時代を生きた芸術家のdiaryには、見た目もハイカラでふさわしいと想ってこれを使いました。
c0202832_3292117.jpgが、最後の方では、この日記帳を投げつけるシーンがあり、とうとう、夜の部のその場面では、見事に日記帳はその痛みに耐えかねて、少しページが破れて破壊してしまいました。※贈り主の香さん、ゴメンなさいね。




c0202832_3303451.jpgもっとも、この芝居の中心でもあり、これを見つけるのに、大変苦労した小道具は、ラジオです。大正浪漫溢れる存在で、時代の雰囲気を醸し出すレトロなラジオを娘がオークションで落札できたのですが、ここに辿り着くまでは、どうしたら雰囲気のあるラジオが格安で入手できるか、母と娘で必死で探し求めていました。芝居の小道具をレンタルできるショップもありましたが、それは日数で借りるので、レンタル料金は高いものです。Yahooオークションでも何台もそれらしき品を入札しては、落札できなかったり、合っても、雰囲気にそぐわない品や、アンティーク過ぎて高値がついて小道具にはもったいないものや、蔵から出てきた黴の生えたオンボロの姿形で、歌のタイトルじゃないけれど、“壊れかけのRADIO”のような物まで千差万別。ようやく、娘がゲットできたのが、コレでした。なんとジョージア缶コーヒーの景品だったものらしく、よく見ると表面にジョージアのロゴマークが貼ってました。運よく、このラジオは、音も出て、普段にも聴ける現役選手でした。ソンブレロ氏の男性アナウンサーの声も、私の平塚らいちょうの声も、娘の今川焼のおばちゃんの声色も、まさにこのラジオから聴こえてくるように見えないと効果がない。大事な小道具のひとつです。


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c0202832_3364957.jpg他には、自転車で花道を走るシーンでのあの自転車も、新品ですが、この芝居のために娘が購入した折り畳み自転車です。その花道の玄関先にかけていた紺色の布は、風呂敷です。風呂敷と言えば、智恵子が自分の着物を食料と交換するために、若き日の着物を包む時の風呂敷も時代を香らす一枚を使いました。これも、愛媛の実家にあったものです。実篤の俳句絵が施されています。黄色と紫の果実の敷物は、受付のテーブルに敷いていた布ですが、これにも今回の芝居のレトロモダンな色合いを投げかけています。


c0202832_3384393.jpgこの他にも、智恵子が絵を描くために使った木製のパレットや、油絵用の筆、壁画を描くためのペンキの刷毛など、小道具には小さいながらも、智恵子や光太郎のライフスタイルを醸し出すモノにこだわり選び抜きました。最期に死ぬ瞬間に、智恵子が椅子の上に置くレモンも、小道具の大事な果実です。これは、会場のあった北品川本町通り商店会の青果店で購入しました。そして、この木の椅子も、馬蹄のカタチをしたユニークなものですが、これは、我が家にあった物です。ちょうど、丸い円柱にぴったり納まる格好で、雰囲気もレトロモダンで最適な椅子でした。この椅子に智恵子が腰かけたり、うなだれたり、シンボルとなるレモンを最期に置いて舞台を去るのですが、とっても、効果があったと自負しています。


c0202832_340262.jpg最後に、舞台の演出とは違いますが、スタッフジャンバーの代わりに、私がスタッフのメンバーに贈呈したのが、このタオルマフラーでした。これは、東北震災の基金となる品物で、購入したら、その金額全てが募金されます。字幕には、“がんばろう日本”の文字が紅白で文字抜きされています。音響担当や、受付嬢の二人、衣装と黒子の私、主役の娘等、5人のスタッフの合言葉になればと想って、このタオルマフラーを当日、首に巻いてそれぞれの担当でスタッフたちも頑張りました。

ほんとうの空がみたいと言った智恵子さんの故郷は、福島。そうです。あの昨年の3.11で破壊された原発のある福島です。なんだか、とても意義がある芝居を今年の年明けにできた気がしています。いろんな小道具たちは、物言わぬ道具に過ぎませんが、台詞を言う役者以上に、多くの言霊を投げかけるモノたちであったと想います。あなたが、この舞台を観てくださった方なら、いくつ、これらの小道具にも目を止めてくださったでしょうか?そうですね。たったひとつでも、何か気づいてくださったり、静かに感動して頂けたらなら幸いです。
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by clematis-myu | 2012-02-17 04:02 | LIVE