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見上げてごらん夜の星を♪

今年の夏は、お盆を過ぎてから、愛媛に帰省しました。18・19・20と、ね。故郷の好きな風景は、やはり、瀬戸の凪の海。この海の穏やかさは、離れてみて、しみじみと美しいなと感じています。それから、日本の原風景のような山河がまだ残るし、温暖な気候と、お遍路さんの四国ですので、人と人の接待の心が、幼い時から身についている、おせっかいやきで、でもあたたかい人情の香る古里です。

その古里に、もう父や母は居ない。私が19の夏に天国に召された父。それから長生きしてくれた母も、5年前の2007年の暮れに末期癌で天に飛ぶ鳥になった。実家だった洋品店のお店も生まれ育った家も、もう無い。ただ、兄が一人、生まれ育った隣町で、頑張って、お墓を守っていてくれる。だから、帰れる古里があることを、今年の夏ほど、身に染みたことはありません。その兄も、会社がこの春倒産し、住み慣れた家(社宅)も出て行かなくてはならず、急遽、バタバタと引っ越しを余儀なくされて、これまでの母の匂いが残る家ではなく、山の中の一軒家に居を借りて移住したので、帰省した家は、私にしたら他人の家のような不思議な感覚でした。ただ、幸いなことに、この家の前の畑や田んぼが、母の本家でもあった親戚の叔父(故)のものでしたので、近くに見守ってくれる叔母が元気でいることに、亡き母や叔父のお導きがあったのかなとも感じました。

まだ、それだけなら、それほど感傷に浸ることもないのですが、帰省の日程を決めた頃、東京の親友K子さんから、愛媛に彼女も帰省するのでとメールが届きました。そのメールに引き続き、同級生の男子からのメールが転送されてきたのですが、このメールを見て、私の心は、一気にあの日にタイムスリップしたのです。





その転送されてきたメールには、同級生のT君が先日、胃癌で急死した訃報の内容でした。私にとってのT君は、たんなる中学生時代のクラスメートだけでなく、卒業後、父の死をきっかけに、淡い恋心と、何でも話せる間柄の男性になっていました。だから、とても、とても、ショックでした。

それも、2008年にあった中学時代の同窓会に、彼は参加ができず、20代の初めに別れて以来、その姿形も声も、あの当時のままで、時間が止まっていました。彼も中年になり、若くして結婚されたから、お子さんも立派に成長されて和やかに田舎で暮らしていると信じていたのですが、数年前から、精神的な病に苦しみ、辛い歳月を過ごされていたことを、同窓会をきっかけに知りました。そういえば、逢えなくなっても、独身時代から、お互いに結婚しても、毎年出してた年賀状の返事がある時からピタッと途絶えたっけ・・・。あれが、その病のはじまりだったのかしら?そんな不安を抱えながらも、私は、彼に同窓会にぜひ顔見せて欲しかったので、お節介やいて、お手紙を添えて、ある本を贈りました。五木寛之著の単行本ですが、たまたま私が愛読してた本で、その時の彼に、ぜひ読んで欲しいと切に願ったし、彼が再起してくれることの好機になれたらと・・・。でも、一方通行のプレゼントは、彼からの返事もなく、次第に私も、その本を贈ったことを後悔しはじめてました。

それでも、先日、帰省した時に、お墓参りができなくても、彼の近くに行きたい衝動に駆られました。住んでた家の住所はわかっていますから、調べたら訪ねることも可能でしたが、お互いに既婚していますし、亡くなったことを私がたまたま知ったといえ、女友達が一人で彼のお宅に伺うのは、未亡人の奥様に対して、失礼だろうし、同級生みんなで行くならまだしも、一人では行けないなと嘆いてました。

ふと、その夜、中学時代の恩師であったM先生に電話をしたのですが、それで、全てがわかり、救われました。彼は先月末に胃癌で亡くなったこと。兄弟も胃癌で5年前に手術をしてること。彼の父親も同じ胃癌でこの世を去っていたこと。恩師も、残念ながら通夜や葬儀には間に合わず、風の便りに、このお盆に聞きつけ、先日、お宅に遅ればせながらお参りに行ったとこだとわかりました。M先生は、それから、ひょんなことから、同窓会の話題になり、彼の奥さんから、私の旧姓の愛称が出て、お前がT君に贈った手紙のこと、彼奴はな、何度も何度も、お前に返事を書かなくてはいけないと、何度もトライしては、うまく書けないと、とうとう書けないまま、返事を出せないまま、逝ってしまったと。でもな、お前からの手紙には、感謝していたようすで、元気にならなくてはと、頑張っていたらしく、余命半年と宣告された胃癌も耐えて、1年9カ月生き延びたんだぞ!、だから、いいことをしてやってくれたな~と、誉められて、私はケータイを握りしめて、うれし涙が零れました。先生、ありがとう!私、救われた気持ちよ。と、もうそれだけ訊いたら、T君の死をキチンと受け止められますし、反対に、感謝したいわって、それから、次のような淡い想い出話しを話したら、M先生は、うんうん、それで良かったんじゃないかなと。

19の夏に父を亡くした私には、愛媛を離れて、大阪での新しい暮らしが始まっていました。その父の死の通夜から、中学時代の同級生のT君が、なぜか私を心配して、帰省するたびに寄り添ってくれるかけがえのないボーイフレンドになっていきました。私が通っていた高校のすぐ近くにある、純喫茶で、待ち合わせて、数時間、コーヒーを飲みながら、お互いの近況を話すだけでしたが、それがとても和む、倖せな二人きりの時間でした。もちろん、愛媛と大阪での遠距離ですから、お手紙を出し合いました。逢えるのは盆と正月に私が故郷に帰省した時だけ。そういえば、近くの山まで、彼の車でドライブをしたことも一度あったなぁ。でも、手も握ったことがないほどの、淡い関係の若い男女でした。だって、彼と逢うと、私たちは、お互いに中学2年生のふたりに戻ってしまうからね。それ以上でもそれ以下でもない。今から想えば、笑えるんですが・・・あれが、純愛というものかしらと、ふと、最近感じて、ココロがキュンとなっています。

その彼から、一度だけ、愛媛に帰ってこないか?と聞かれたことがありました。私は、きっぱり、愛媛には帰らないと応えてしまったのです。都会での暮らしが軌道に乗り、自分の進むべき道の仕事にもつけて、夢が広がっている時でした。その後、最後に交わした手紙に、私は、“大阪で観たプロネタリウムの星がすごかったのよ”って綴り、彼に出したのですが、その返事が、純粋な彼らしく、ああ、これで私たちは終わったなと想いました。彼の返事にはこう記してありました。“mちゃんは、そんなのが綺麗だと感じるようになったんだね。僕は、この町で見上げて見える満天の夜空の星の方がずっと好きだよ”

そうなんですね。それが、都会の絵の具に染まった私と、田舎でずっと自然に抱かれて育った彼との違いの境目でした。でも、最後に私が出した手紙に、彼が病と闘いながらも、返事を書こうとしてくれていたこと。これだけは、信じます。私と彼の間の、純愛が、まだ続いていたこと。そして、お墓参りはできなかったけど、T君、私ね、帰省したあの夜、兄の住む山の中の一軒家の庭に出て、満天の星空見上げて、あなたにお別れと、感謝の気持ちを呟いたよ。きっと届いているよね。私、あの日、あなたの一番近いとこに居たんだからね。
見上げてみたよ。見つけたよ!T君は、あの星の中でもきっと、一番煌めく純粋な星になったんだんもんね。

そう想いながら、古里からUターンして聴くこの坂本九ちゃんの♪見上げてごらん夜の星を~ は、今まで以上に、身に沁みます。

http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND4308/index.html




by clematis-myu | 2011-08-26 16:23 | エッセイ